オートザム組とランティスの邂逅。
[本編の話][イーグル中心、小説]
そして歯車が噛み合い廻りだした
――FTOが初めて負けた。
ぼんやりとヘッドセットを外しながら、頭の中を占拠するのは先程の衝撃。まさか名も知られていないファイタ-に、まさかたった一撃で。反射的にかわしたので流石に致命的な破損にはならなかったけれど、後でザズに怒られてしまうだろう、とそんなことを思っていた時だった。視界の端にその人物の影を捉える。
――さっきの、
「待ってください!」
彼だと認識した途端、そう声を上げて追いかけていた。どちらへ、と慌てる近くにいた部下の声も聞こえず、足早に歩いていく彼に追いつこうとした――そのとき、急に体が傾いた。
「わ、」
床にぶつかる、と思ってとっさに受け身の体勢を取ろうと思うより速く、力強く抱き止められた。いつもそうするジェオとはちがう。
顔を上げると相手と目があった。
FTO が負けた。その時とどちらが大きかっただろう。
きっとほかの人には解らなかっただろう、その時の衝撃は、 イーグルは眼を見張った。
大丈夫か、と静かに問いかけてくる相手に、ありがとうございました、とか、すみません、とか、他に言うべきことはあったのに、 そこにあった一対の眼は、
「・・・セフィーロの、青」
******
よく空のようだと言われることはあった。 昔はそれが誇らしく思えた。
何もないところでつまづいた青年は、衝撃的な発言をしてこちらが同様に眼を見張ると、はっと我に返って離れた。すみません、ありがとうございました、と言った後も、じっとこちらを見つめていた。 何人かの人間が走り寄ってきて彼になにか声をかける。彼はそれに丁寧に返す。しかし彼のほうが立場が上なのが分かった。相手の態度、雰囲気、そしてなにより――彼の強さが。
彼は彼女によく似ている。
そう思った。
「本当にセフィーロの方だったんですね」
イーグルと名乗った青年はそう言って笑った。
彼は自分にひどく興味を持ったようで、お茶でもご一緒しませんか、と言った。断る理由もなく、また、自分も彼が気にかかったのだろう。肯きだけで返して、彼についてきた。 彼はじっとこちらを見つめる。いや、自分を、ではなく、この瞳を通してセフィーロを見ているようだった。
――セフィーロの、青
彼はセフィーロを知っているようだった。 そしてセフィーロに興味を持っているようだった。 彼はじっとこちらを見つめる。必然的にこちらも彼の瞳を見つめる。自分を映すその瞳は、太陽の色だ。
「・・・あなたの、」
彼がぼんやりと口を開いた。
「あなたの眼は、あなたの故郷の空と同じですね」
決して視線を外さない。それに混ざる感情に胸がざわつく。
「・・・いいものではない」
言葉を発したのは、それが二回目だった。 彼はかすかに悲しそうな顔をした。
よく空のようだと言われることはあった。 いつからかそれが厭わしく思えるようになった。
******
ホバーを全力で走らせた。同僚が何人か同情を込めた視線を寄越してくるのが煩わしい。所詮は他人事だからそのように笑えるのだ。
「イーグルッ!!」
殴り込み同然にある一室に入っていけば、呼ばれた当人は一瞬驚いて、それからいつもののほほんとした顔に戻った。向かい側にいるのは、例の対戦相手だろう。突然の闖入者にも驚く事なく顔を向けただけだった。
「ジェオ、どうしたんですか?」
・・・これだ。まったく、俺が毎回どれだけ苦労してると思ってるんだ!
「おまえ、今何時だと思ってるんだ!もう会議始まってるだろ!」
あ、といって時計に目をやる。完全に予想通りのリアクションだ。額に手を宛てて溜息をついた。
「・・・もういいから、今から向かえ。おまえが出なきゃ終わらんだろ」
他のお偉方から何を言われるかわからないが。
「でも・・・」
イーグルはちらりと例の男を見た。ずいぶんとでかい、無口な男だな、というのが第一印象だった。
――初敗北で落ち込んでいるかと思えば、なんだってその負けた相手と一緒に茶を飲んでるんだ。
「悪いな、こいつに付き合ってもらって。大事な用があってな、これでお開きに・・・」
「ランティス!今日の逗留先を決めてないっておっしゃってましたよね!」
イーグルはことばをさえぎって無口な男に呼び掛けた。
「よければしばらくここにいませんか?」
「なっ、おい!!」
「あなたの言う探しもの、難しいのでしょう?この国でもっとも情報が集まるのは軍ですし、僕もお手伝いできますから」
何を言い出すんだこいつは、と思った。
「あなたの話しを、もっとお聞きしたいんです」
同時に、珍しいことだと思った。
――イーグルが初対面の相手にここまで執着するなんて
じっと見つめるイーグルに押されたのだろう、その男はうなづいた。パッとイーグルの顔が明るくなる。
「よかった!ではさっそく案内を・・・」
「はいはいはい、それは俺がするから。お前は会議に行け」
完全に会議のことなど忘れて(わざとかもしれないが)逗留先として手配するつもりだったのだろう部屋へ歩きだそうとしたそいつを慌てて止める。今日の会議をサボらせるわけにはいかない。当の本人はというと、少し残念そうな顔をしつつも諦めたようで、じゃあお願いします、と言った。
「ランティス、またあとで」
イーグルが部屋を出ていったのを見届け、盛大に溜息をついた。背中に視線を感じて振り返ると、例の招待客がこちらを見ていた。
「いや、まぁ、悪かったな。ああいうヤツなんだよ」
その男は表情も変えない。
「俺はジェオ・メトロ、イーグルの・・・あ、さっきのやつの副官をやってる。あんたは?この国の人間・・・じゃないよな?」
先程もファイタ-テストに参加したくらいなのでオートザムの服を着ているのだが、なにかが違う。なにか・・・纏う空気のようなものが。
「俺は・・・」
会ってから初めて声を聞いた。
「ランティス。・・・セフィーロから来た」
――ああなるほど、それで。
あいつが執着する理由がわかった。
******
FTO の大々的な修復作業なんて初めてのことだった。仲間たちと黙々と作業を進める。
――イーグルが負けた
その衝撃はあまりに大きいものだった。 誰よりも乗りこなすのがうまかった。それこそ自分の体でも動かすように、無駄が無く綺麗な動作。誰が何と言おうと、彼は一番だったのだ。
――それを、初エントリーの奴なんかに・・・っ
自分が負けたわけではないけれど、悔しくて泣きそうだった。
「ザズ、いますか?」
不意に声をかけてきたのは、まさに今思い浮かべていた相手だった。急いで声のしたほうを振り返る。そこにはいつも通りの穏やかな笑顔があった。
「イーグル!どうしたの!」
他のメカニックが敬礼姿勢を取る中、躊躇いも無く彼に向かって走っていく。そんなとき、自分は彼の中で他よりも特別な友人として認められていることを実感する。
「FTO、どうですか?」
「平気平気!全然心配なし!そこまでたいした故障じゃなかったからねっ」
「そうですか。よろしくお願いしますね。それで、手が空いたらザズにも紹介したい人がいるんですけど」
人の紹介だなんて珍しい。
「さっきのファイタ-テストで闘った人なんですけど、ランティスっていってセフィーロから来た旅人らしいんです。少し話しをしたんですけど、セフィーロって本当に不思議なところですねぇ。今日の仕事が終わってからまた会う約束をしているんですよ。ザズも一緒にどうですか?」
今日のイーグルは饒舌だ。普段から無口というわけでもないが、今日は特に機嫌がいいのが分かる。きっとイーグルが憧れているセフィーロ出身者に初めて会えたからだろう。でも自分にとってはそれよりも大事なことがあった。
「・・・っイーグルは悔しくないの!?」
彼はきょとんとしている。何を言っているのか判っていないようだった。
「だって初めてなんだよ、FTOがっ!イーグルが・・・っなのにその相手と話したりとか・・・!」
また泣きそうになってきた。けれどもイーグルは、すごいことを言ったのだ。
「ああ・・・そういえば、ランティスに負けたんでしたねぇ」
今度はこちらがぽかんと口を開ける番だ。
「え・・・忘れてたの・・・?」
「そういえばランティスの眼ってセフィーロの空みたいな青色でとても綺麗なんですよ!・・・本人はあまり快く思っていないようでしたけど」
そこで初めて、少し悲しそうな顔をした。
――ああ、そうだよな。
彼にとって大事なのはファイターテストの成績なんかじゃなくて、もっと別のものなのだ。
「・・・いくよ、俺も。そのランティスってやつに会ってみたい」
彼を破り、彼に悲しそうな顔をさせる男。どんな人物なのだろう。
「そうですか!では終わったら連絡をください、迎えに行きますから」
そういって彼は再び自分の職場へ帰った。自分も中断していた作業を再開する。 FTOの修繕が終わるまで、セフィーロからの旅人がどんな人物かずっと考えていた。
これが僕らの馴れ初めだった。
ここから始まる幸せな日常が、いつまでも続くことはないと知りながら、いつまでも続けばいいと願っていた。
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